カドヤが創業80年を迎えたので80年を真剣に考えてみました

弊社が創業80周年を迎えましたので、諸先輩と比べ若輩ながら、真剣に80年前を考えてみました。80年前の社会とはどのようなものだったのでしょうか。

80th anniversary Jacket_maine01


80年前の1935年(昭和10年)は、関東大震災の約10年後、太平洋戦争開戦の5年前です。東京都は存在せず、当時は東京府の東京市が現在の東京23区でした。

その頃、現代のような水道は存在しませんでした。各家庭の台所や裏庭に手押しポンプがあり、それが主流でした。たばこの銘柄は「チェリー」「暁(あかつき)」「光(ひかり)」などです。

チェリー チェリー/引用元 懐かしい日本のタバコ歴史博物館


現代のようなコピー機はなく、感光紙を使用し日光で焼き付ける写真のようなものが主流でした。1927年以前では、青い紙に白い線で図面が描かれていたものだった為、青写真などと呼ばれていたようです。

シャープペンシルは回転繰り出し式で、芯の太さは1~1.5mm、おそらく鉛筆の方が主流だったと思われます。

電卓の代用は計算尺と呼ばれるもので、掛け算、割り算ほかは可能ですが、構造上、足し引き算はできないので、必要であればソロバンを使用していました。

ドラフターと呼ばれるアームが付いた製図台が出たのは1953年で、1935年に存在した製図台は机の角度が調整できる機構のみ。

計算尺 計算尺/引用元 wikipedia

ドラフタ― ドラフタ―/引用元 wikipedia


日本で初めてオートバイの量産、商品化が実現されるのはアサヒ号A型、1935年4月から量産。同じ頃、陸王が誕生。ハーレーは、ナックルヘッドエンジン誕生の時代。

ラビットスクーターS1が試作されたのは1946年。同、1946年は、本田宗一郎が、陸軍で使用していた無線用小型エンジンを改良し、自転車に取り付けたりしていた年でした。ホンダからドリーム号が出たのは、その後の1949年。

トライアンフ タイガーカブ各部05


消えたもの、変わったものが多くある80年、当時と比べ現代は、個とコミュニティーの関係が複雑化しているように感じます。

物理的にも精神的にも個を守る為のライダースジャケットが現代に受け入れられているのは、そう不思議ではないのかも知れません。

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>> 「VIRGIN HARLEYの特集記事」 創業80年の歴史を持つカドヤの特別なレザージャケット


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